「十三人の刺客」試写レビュー

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        ※ ネ タ バ レ 注 意 ※ 
あ~、ぐったり。戦い疲れました。
・・・疲れ過ぎて、もう刀が握れない。
早よ帰って風呂入りてー、ってな気分です(笑)。
たたみます
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もうね、クローズZEROと同じ疲れ方。クローズのあとは右手の拳が痛くなったけど、今回は刀の握りダコができた感じの疲労感。見ている方もスクリーンに向かって戦っている臨場感があるんですよね~、三池さんのバトルシーンは。
もちろん、山田孝之くん始め、高岡蒼甫くん、浪岡一喜くん、阿部進之介くんといったクローズメンも出演しているのですが、あと若手としては石垣佑磨くん、窪田正孝くんも混じっていて、そしてこれら若手たちにもちゃんと華を持たせてくれているのが三池演出のニクイところ。山田くん以外は決して出番は多くないけど(注:山田くんもそんなに多いとは言えない)、ファンなら絶対見ておいて損はない存在感がありますよ~。
時代劇って、過去にあまりに突拍子もない娯楽作品が多かったせいか、最近は”リアルさ”ってのにこだわっているようにも感じるんですけど、実際”リアル”って言っても確かめようもないから(笑)、どうしようもないんですけど、なぜか見ていてリアルだな~と感じることがありますよね。それって、やっぱり日本人としての”血”がそう感じさせるのかな~なんて思ったりもして・・・。特に、生身の人間の業だとか欲だとかを、ドロドロな中にもしっかりとしたロマンを挟んで描くことのできる三池監督の手にかかると、本当にリアルに思えてくるんですよねぇ
特に、前半に伊原剛志さん演じる剣豪の平山九十郎が稽古をつけている場面、本当の戦闘場面になったら、勝つためにはどんなに卑怯な手でも使えと教えるんです。相手の足を蹴ったり、刀がなければ石をぶつけろと、それが本当の意味で「戦う」と言うことなんだと教えるんです。太平の世に実際に白刃を交えた経験を持つ侍は少なくなっていますし、”浪人”の平山だからこその、その少ない実戦経験を持つ言葉には説得力があります。
でも、これって、ある意味これまでの時代劇の概念をぶち壊してるんですよね。型や形式、流儀にばかりこだわっていた武道の本分なんてどうでもいいってことになりますから。ただ、冷静に考えてみれば、いざ白兵戦となった時にですよ、桃太郎侍みたいにキレイには斬れないもんだよね、実際。「カムイ外伝」の時にもそう思いましたけど。
そして、その言葉の通り、本編の1/3を占めるラストのバトルシーンでは、手段を問わず「勝つため」の戦法を次々と繰り出すんですねぇ。だから、もう殺陣の型なんて言ってらんないんですよ。ただ斬り倒してるだけ。見た目には美しくもないし、無様ですらあるんですけど、リアルだなって思えてしまうんです。
オープンセットも豪華だし、もちろん役者さんも豪華ですけど、かなり意外性もあるのかなって感じています。例えば、とんだサイコ野郎の将軍の斉韶(なりつぐ)を演じた吾郎ちゃん。彼の透明感のあるキャラを見事に悪役に仕立てあげ、出演者中最もシャープで美麗な容姿を持った伊勢谷友介くんを、一番小汚い野人に据えたりと、役者にとっても大きな挑戦となる配置をしています。斉韶を守る鬼頭半兵衛役の市村正親さんも、キャスティングを見た時には、正直時代劇(=三池作品)には線が細すぎるんじゃないかと懸念してたんです。お顔も洋風で声も高い方なので・・・、でも、素晴らしかったですね。「役者」って、こういう人のことを言うんだな~ってつくづく思いましたよ。
バトルシーンの応酬までは、割と至って普通の展開なんですよね。それこそ、忠臣蔵で47志が次々集まってくるクダリとそんなに変わらない。でも、映像美には圧倒されます。行燈の明かりだけのあの時代の夜の室内の描写、ユラユラと揺れる灯火の中で交わされる密談や、斉韶の非業の数々。それは美しい反面、昔々に見たモノクロのおどろおどろしい時代劇に似ていて、気味の悪いところはとことん気味悪く描かれているんです。
女性のお歯黒の不気味さや、役所広司さん演じる主人公の新左衛門が、斉韶に刃を向け対峙するシーンでは、背景に見切れている厠の存在の落ち着かなさ、そして、刺された斉韶が泥水の中で身もだえするシーン。ちょっと顔が歪みそうな見心地の悪さがあるにせよ、嫌悪感を抱くような映像ではないんです(少なくとも私には)。爆風と共に屋根から振り注ぐ血の海や、辺り一面に転がる血みどろの死体。これは、まるでハリウッドが描く太平洋戦争の凄惨な戦場を彷彿とさせます。
侍は身なりよく、姿勢よく、武士であることの誇りを重んじて奇襲や背後からの襲撃を潔しとしないなんて言ってられんのですよ。勝つ為には手段は選ばず。これは国が違えども、時代が違えども同じ。そんな”必死な”男たちの凄まじい形相を是非見て頂きたいです。