モノクローム・オフセット x 剛 紫

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2009.6.6付
今日の「MR. BRAIN」に亀ちゃん出てたと言うのに、2週続けて途中で寝ちゃった。冷や汗汗 来週また再放送するだろうという気の緩みか・・・!?
昨日は夜中に「白夜行」9話見て涙ちょろり~。悲しい
見終わった後に、なぜか「流星の絆」が見たくなり、最終回をちょっとだけ見ちゃった。モグモグ
そう言えば、ずいぶん前ですが、私の友人から電話ケータイがあり「流星の絆」にはまっているという話になった時に、彼女がいかに脚本が素晴らしく、またキャストの演技も素晴らしいか(もっぱらニノねラッキー)について、綿々と語っていたのですが、その彼女が「すごく感動的なシーンがあって、その時の二宮くんのセリフを聞いて、鳥肌たっちゃったんだけど・・・」と言った時に、私は心の中で食い気味に”イイわけないだろ!!”かな??って思ったのですが、彼女がその感動したというシーンの説明をしたそうだったので、ずーっと”ふんふんモグモグ”と聞いていたのですが、やっぱそこでした。たらーっ
そのセリフに行きつくまで、かなり前のシーンから、人物相関などを交え、延々と聞いてあげたんですけど、やっぱ「イイわけないだろ!」でしたよ。楽しい拍手
「私も、そこ、感動した!泣けた!」と言うと、「すごいよね、あのセリフの言い方!!それにしても、良いドラマだったよね。」と感動することしきりでしたっけ。DVD買うって言ってたし。グッドグッドグッド
この彼女、実は長年日本を離れていたから、ジャニーズの事も宮藤さんも詳しくないんですけどね。拍手
今度キャッツやマンハッタンやタイガー&ドラゴンのDVD貸す約束しましたよ。楽しいグッド
そんなこんなで、剛 紫@横浜アリーナの感想を再開。
「愛詩雨」の後のMCなんですが、このMCで剛さんが語った事が後々までずーーーっと頭に残りました。
内容を箇条書きにすると、
今までに去っていったファンもいる。スタッフにも去っていった人もいる。
”あなたの音楽を沢山の人に広げてあげたかった、あなたを人気者にして上げたかったけど、ごめんなさい”と言って去っていったスタッフもいた。
自分から去った人達の為にも、全身全霊で歌っている。
ここにいる人でこれから去って行く人がいても、僕はあなた達の事を思っている。
今までもそうして生きていたが、そういう事を言えなかった環境があって、今言える環境を作ってくれているスタッフや支えてくれた人達に感謝している。
時として、難解なアーティストと言われる。
「アイドルと呼ばれるのが嫌なのか?」と散々訊かれたけれど、僕が僕としてありのままに生きているだけ。

と、こんな感じだったと記憶しています。
去っていったスタッフ、去っていったファンの事まで思っていると剛さんが言った時、この人はなんて報われないんだろうと思ってしまいました。
だって、去って行った人、特にファンの類は、剛さんのファンをやめても、彼がやめたファンの事まで考えててくれてるなんて思いもよらないだろうし、そんな気持ちが届くわけもないわけで・・・・
自分から去った人を大事に思うという考え方は、素晴らしい事だとは思います。確かに一時期でも彼の事を好きになった人達に支えられて、今の彼がいる訳ですから。去った人を恨むよりは、はるかに崇高でポジティヴな考え方だとは思いますが、でもそうやって結局彼は、自分で自分の首を絞めているんじゃないかと思えてなりません。
30歳になった今でも、18歳の頃の辛苦から抜け出せない様に、ひょっとしたら彼は”人が「来る」⇔「去る」”といった新陳代謝を、上手く自律神経で処理する事ができず、一つ一つを心で受け止めては、そこに佇んで悩んでしまうのかもしれません。
だから、18歳の頃に死を考えるほど辛い事があったとしても、それ以後に起きた沢山の幸運や楽しかった思い出によってオフセットされる事はなく、その苦労が今でも彼の存在の重要な一部になり続けている。
或いは、自分に向けられる大きすぎる沢山の愛とオフセットするために、過去へとタイムスリップしたり、また去った人までを愛そうと努めているのか????
色々な憶測が頭の中で渦巻いてしまいました。
今回の剛 紫ツアーは、全てモノクロームで統一されていました。ブラックとホワイトのツートーン。白だけだと、黒は浮かびあがらない、そしてその逆もしかり。それはまるで剛さんが「白い面」と「黒い面」=2面性を持ち合わせている事を象徴しているかのようなコントラストでした。
私たちにはどうしても彼の行動や発言から矛盾を探してしまいがちになるのですが、実は剛さんの中では、全てがきちんと整理整頓されているのに、その断片だけが時折届くので、全容をゆがめて見てしまいがちになるのかもしれませんね。
彼が自分の血液型がAB型だと知った時、きっと彼は救われた気がしたのではないでしょうか?これで自分の中にいる両面性の説明がつくと。
剛 紫 (&その他のソロプロジェクト)vs KinKi
アーティスト vs アイドル
2つの極端に違う自分。
でも、それは彼が説明する通り、彼から生まれる全ては、「ありのままの自分」から派生されるモノであり、全て平等なのでしょう。ただそれが万人に伝わりにくいだけで・・・・。
正直な話をすると、ニューアルバムを聴いた時、私はこの人は後退していると感じました。「I AND 愛」を聴いた時は、ようやく彼も内省的で個人的な曲作りから卒業し、オーディエンスとシェアできる曲作りに目覚めたのかと思っていたのですが、「美我空」では思いっきり逆行していました。
剛さんはプロジェクトを変えるごとに進化しているのではなく、実は彼はどんどん過去へと後退しているのかもしれません。自分を後退催眠にかけて、本当の自分を見つけようとしているみたいに。
この先も、剛さんは、音楽を通じて内省を深め、そしてある種の自己破壊を表現しつづけるのでしょうか?彼の場合、大人(我慢)から子供へ(無邪気)と逆流している様に思えるので、18歳から抜け出すには、18年かかるのかもしれません。
彼が必要だと感じるだけ時間を費やせばいい、と私は思います。その間、彼が芸術的に喚起され、彼の感性が研ぎ澄まされていくというメビウスの中に心地よく滞在できるのであれば、そして彼もそれを望んでいるのであればですが。
でもそうなると、去っていくファンやスタッフが多くなってしまうのかもしれませんが・・・。
ところで、あれだけ業界や世間一般から才能を認知され、高評価されているニノが、
「ボクはアイドルです。」
「嵐が一番良い」

と、おくびもなく言いのけられる潔さと揺るぎなさは、一体どこから生まれて来るのでしょうか?
それはやはり、嵐を愛しているという事は元より、自分の才能を正当に認められているという自信と安心感を得ているからこそ、言えるのかもしれないと私は思うんです。
ニノの立場とは違い、音楽の世界で、ジャニーズの壁を超えるのは至難の業です。
剛さんがファンを選べるなら、簡単に越えられていたかもしれませんが、アイドルが起源なので、そんな事は起こらない。起こらない限り、彼はミュージシャンとしての不遇を感じ続け、自分の居場所を探し続けるのかもしれません。
私は彼が「難解なアーティスト」というよりも、「幸せになる事が難しいアーティスト」だと思うのです。
MCのレポというより、ちんたら長い心理解析みたいになってしまいました。
では、また来ます。
再奈良。イケテル