ジャニー社長、舞台出演の木村拓哉から亀梨和也まで、ジャニーズ事務所が蜷川幸雄さん追悼

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日本を代表する演出家の蜷川幸雄(にながわ・ゆきお)さんが12日午後1時25分、肺炎による多臓器不全のため亡くなった。80歳。埼玉県川口市出身。

蜷川さんは人気アイドルを多数、起用。役者として鍛えた。ジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長(84)SMAPの木村拓哉(43)らが追悼コメントを発表した。

ジャニー社長は「昭和と平成を見事につなげた人が、東京オリンピックを待たずにさよならなんて、ずるいよ」と悔やんだ。

1989年「盲導犬」に出演した木村は「驚きと同時にものすごく悔しいです。自分が今あるのも、当時右も左も分からなった自分に“人から拍手してもらえる厳しさと素晴らしさ”を教えていただけたからだと思います」と感謝。「少し前に“俺がポシャる前にもう一度一緒にやろうぜ!”って言ってもらったことが、今頭から離れません」と再びタッグはならなかった。

▼錦織一清 少年隊の舞台でお世話になりました。はじめは怖い人だと聞いていましたが、いざ演出を受けてみると、とても優しく愛情にあふれた方だったということが印象に残っています。

▼東山紀之 蜷川さんと会う度に『またやろうな』と言ってくださいました。その言葉がうれしかったです。また、ご一緒したかったです。まだまだ勉強したかったです。蜷川さん、寂しいです。

▼植草克秀 すぐ怒る反面、とても愛情を持ってスタッフ、役者に接する他にはいないような演出家、指導者であったと思います。また蜷川作品に参加させていただけたらと思っていましたが、それも叶わぬことになってしまいました。残念で仕方ありません。

▼森田剛 「血は立ったまま眠っている」で、初めてご一緒させてもらった時、「やっと会えたね」と優しく握手してくれました。舞台の初日前には「他の人に何を言われても、俺が責任を取ってやる」と言ってくれました。だから舞台に立つことが怖くなかったですし、この人のためにやりたいと思いました。「馬鹿野郎、変態」と言われながら、たくさんの愛情をいただきました。もう一回、会いたかった。

▼岡田准一 「エレクトラ」でご一緒させていただきましたが、若い自分に「枠にはまるな、壊せ壊せ、自分はなんだってチャレンジした」と導いてくださった方でした。

▼二宮和也 本当に強い、熱い、情熱を持っているお方で、お芝居というものを教えてもらいました。

▼松本潤 なんだか胸に大きな穴が開いてしまったようです。訃報を聞き、蜷川さんに言っていただいた言葉を思い返しています。もっと言ってほしかったです。もっと蜷川さんの作品が見たかったです。

▼生田斗真 「ミシマダブル」という作品で演出をしていただきました。僕たち俳優が評価されることを、誰よりもうれしそうに喜んでくださる方でした。蜷川さんに鬼のように怒られたこと、ありったけの愛情で褒めていただいたこと、そのすべてが僕の財産です。生涯忘れません。

▼亀梨和也 蜷川さんとは、昨年の夏に本当に特別な時間を過ごさせていただきました。車椅子姿の蜷川さんは、とても力強く、そこからたくさんの感性、感覚を学ぶことができ、自分は本当に幸せでした。蜷川さんと出会い、お仕事させていただけたことを忘れず、しっかりと自分の中で育んでいきたいと思います。

情報源: ジャニー社長、キムタクらジャニーズ事務所が蜷川幸雄さん追悼 (スポニチアネックス) – Yahoo!ニュース