「あゝ、荒野」 #matsujun #arashi

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2011/11/22
コンサートチケットも当たらず、この舞台のチケットも取れずふてくされて過ごしていたんですが、神様ってるんだね!
当日券があったって新宿新次に会いに行くことがきでました。
以下無駄に長いです。
松本潤へのファン目線の感想や他の役者さんへの感想はまた後日。
とりま、舞台の感想ですが、ネタバレ全く配慮しておりませんので、ご注意下さい。
正直言えば、あの広い青山劇場でストレートプレイをどう演出するんだろう?なんて思ってた。
しかも、マイクなしの生声ってどーなの?、なんて。
でもそれは見当違いな大きなお世話。
なんたって、囁き声や、そっけなく吐き捨てる相槌まで、明瞭に聴き取ることができる、凝縮された世界がそこに広がっていたんだから。


「トルコ風呂」とか「レコード」とか、今となっては見ることができない、チープで下品で懐かしいネオン管の看板。
それが天井より下がってきて、絶妙な配置で奥行きのある街の雑踏を作り出す。
目の前に現れた架空の街新宿は、猥雑なカオスに満ちていて、その街で今日一日を暮らす人々は、今の時代よりずっとあけすけに、したたかに、あっけらかんと生きていているように見えた。


トラックの荷台じゃなくて、運転席の天井に座って登場する、派手なアロハに白いスーツのチンピラ。
欲望でギラついたオーラを放ち、目に入るもの全てを睨みつける挑発的な視線。
最初の台詞、あの大きな箱の一番後ろまで低く響き渡る声に鳥肌が立つ。
そこにいるのは、隠しようもない大きな欲望を湛えた新宿新次。
松本潤はどこにもいなくて、カーテンコールが終わるまでそんなことも忘れちゃってた。


そんな新次とは対照的に、背を丸めおどおどと、とぼとぼと登場するバリカン。
どもりで、赤面症で、人とうまく接することができず、そんな自分が嫌でたまらない。
暗く鬱屈した内面を持ち、見た目ももっさりとしている。
モノローグでしか言葉を上手く発することができないバリカンを、小出君は見事に体現していた。


二人の登場シーンだけで、関係性が見える。
陰と陽、光と影、開と閉。
現実と憧憬。
(寺山修司は、一度派手なアロハにスーツを着て、新宿新次になりきってグラビア撮影をしたことがあるそうだ。
とても嬉しそうだったと、そう書かれていた。)


そして、バリカンは娼婦とともに、新次は素人娘芳子とともに、ラブホテルへとやってくる。
同じ時を生きているのに、どこまでも対照的な事象。
そんな二人が新宿の雑踏で運命的にシンクロする。

元ボクサーの片目の男に声をかけられ、ボクシングジムへと向かう新次が捨てたチラシを拾うバリカン。
バリカンは、生まれたてのヒヨコのように、目の前で鮮烈なパンチ一撃を繰り出した新次に付いて行く。
新次は、バリカンが捨ててきた惨めな父親に代わって新しい父親となったわけだ。


自らが放つエネルギーで関わる人全てに影響を与えていく新次と、閉じた世界に父親と新次しか存在しないバリカン。
そんな二人を見る世間がこれまた面白い。

いかにも不遇なバリカンには誰もが好感を持っているがごとく優しくせっする。
単純にバリカンを下に見ているゆえの、歪んだ優越感が透けて見えて胸糞悪い。
そういう人間達は、自信に満ち溢れた新次は、評価するに値しない存在だと嫌う。
嫉妬と妬みは、人を堕落させるだけだという痛烈な批判。


そして一番最初に涙が出たのが、唯一二人で語り合う、夕暮れから夜が訪れる公園のシーン。
新次の強さの裏にある懐の深い優しさが胸に沁みる。
ジャングルジムへ昇り、「こんな高さでも景色が変わるぜ。」という新次。
手を差し出し、昇って来いと言う。
その手を掴み、嬉しそうに隣に座るバリカン。
「す、す、すべて幻だ!」とはしゃぐように叫ぶバリカンの姿と、それを受けて優しく笑う新次。
二人の間にある理解と寛容。
そのくすぐったさを伴う少年性の刹那に、胸が締め付けられた。


休憩を挟んで2幕。
物語はテンポを上げて終束へと疾走しはじめる。
端的に小気味良く誰彼構わず現実を突きつけて回る新次は、まるで逆ギレの理論で「お前は誰だ!」と、責め立てられる。
新次はチンピラの癖に知的でクール、無意識に人のコンプレックスを刺激するのは想像に易い。
このシーンの新次の存在感は圧巻だ。


真っ白に発光する、美しく鍛えられた逞しい肉体。
シャドーボクシングをしながら、新次は怒りを爆発させる。
「頼むから、お前等の惨めな人生を俺に投影するのはやめてくれ!」
「俺は俺だ!この肉体が俺だ!」
なんて傲慢、で、なんて正論。
この台詞を嘘にしない為に、松本潤はこの体を手に入れなければならなかった。
軽やかにステップを踏み、すばやいパンチを繰り出しながら、息一つ乱さす流暢に言葉を操るために。


そして終幕。
蜷川さんの演出を、今更私のような素人が語るなんて失礼極まりないことではありますが、本当にすごかった。
眩いばかりに光り輝くリングが舞台奥からせりだしてくる、その神々しさ。
これから起こるであろうドラマへの期待感に、観客はいやおうなしに高揚させられる。
小さな四角いリングという荒野で、拳を交える新次とバリカン。
3ラウンドはハイスピードのパンチの応酬。
二人の体は汗で光りはじめる。


その時、コーナーに座る新次が詩を朗読する。
息一つ乱すことなく、淡々と朗々とした声。
その詩は、バリカンへの慈愛と、その全てを受け入れる覚悟に溢れていた。


続く4ラウンドに入ると、舞台の上で起こる全てがスローモーションになる。
映像なら簡単なことを、生身の人間が筋肉と精神を酷使することで、美しい詩の世界を創り上げていた。
瞬きすることも勿体無くて、見開いたままの瞳から涙が溢れて止まらない。
そしてその瞬間が訪れる。
予告したとおり、バリカンの亡骸を愛おしそうに抱きしめて、咆哮する新次の声とともに暗転。
ただただ圧倒された。
なのに、心が揺さぶられるのは、これで終わりじゃなかった。

カーテンコールで聴こえてきたのは、REDIOHEADの「creep」。
それは愛するために愛されたいと、輝く光を掴もうと必死で手を伸ばした、バリカンから新次への哀しいラブレターに聴こえて、胸が抉られるほど哀しかった。


もうさ、痺れちゃっいました。
洟垂れ流しながら、涙が溢れてきて止まらなかった。

この舞台を観ることができて本当に幸せでした。
観ることができなかったかもしれないと思うと、怖くなるほどです。
蜷川様
5年間、松本潤へ何を与えるべきか考えて、この役に選んで下さったこと、
心から感謝致します。
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