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三宅健主演映画「親指さがし」レビュー


-子供の心に棲む邪気は大人になると鬼になる-
by ミリオンダラ子  更新日2006年9月3日
◆「親指さがし」オフィシャル・ビジュアルブック 親指さがし原作本:
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ストーリー
映画は原作とは全く違うエンディングとのことですが、幸いなことに原作を全く知らないので原作との比較対象はせずに、純粋に「映画作品」のして感想を述べたいと思います。

コミックが原作の映画だと、作家の意向や原作ファンを意識してかセリフがとても劇画的過ぎて、あり得ない感じがするんですよ(例えば「サプリ」とか「ハチクロ」とか)、でも、やはり小説が原作だと非常にリアルですよね。活字だけではなく画がある読み物だとセリフが具体的なビジュアルに左右されやすいってことなのかな。「親指さがし」が小説であってくれたことが幸いです。話そのものがあり得ない設定なので、チャラチャラ歯の浮くようなセリフを並べられたら、なおのこと非現実的過ぎて全く感情移入ができないですもん。なので、特にセリフはかなりリアルだったと思いますし、誰一人として語り過ぎていないところが想像力をより一層掻き立てられていいですね。

健ちゃんの雑誌のインタビューはそこそこ普通に読んでいたのですが、ビジュアルブックは映画を見るまでパラパラ写真だけ見ることにしておいて正解でした。前知識が少なければ少ないほど純粋に楽しめますから。裏話とかちょっとしたストーリーの背景を知っちゃうと、映画を見るときはその確認作業に終始してしまいますしね。私は少なからず公私ともどもで何本か映画やドラマの現場に携わってきたんで、悲しいかな少しの情報で「空気」を読むのが得意になってしまっていて、展開が容易に分かっちゃうんですよ。なので、できるだけメディアは遠ざけて後から読もうとしているんですが、先般の「三宅健のラヂオ」で2週に渡って熊澤監督と健ちゃんとの親指トークを聞いてしまい、ストーリーの顛末が最終的にはすべて武に集約されることが二人の会話から読めてしまいました。でも、私が想像していた結末は実は2パータンあって、1つは武が親指さがしの呪いの発信源であり、すべてが彼の自作自演であるというもの。そして、もう一つは、実は武が由美子だったという展開。仲間が次々と殺されていくという具体的は展開については全く想像していなかったんですけど、信久が殺された時に「あっ、武が殺したんだな」ってすぐに察してしまいました。“親指探しの呪いを解かないとみんな殺される”(=親指を見つけないと殺される)という書き込みをした“CANDLE”ってウェブネームも、武が迷い込んだ親指さがしの部屋―ろうそくを消せば元の世界に戻れる―を思いっきり示唆していたので、いかにも“武だよー”って言ってるようにしか感じられなかったし・・・。だから、「あ~あ」と思いながらも、私が想像しているエンディングを更にもうひとつぐらい引っくり返してくれないかなぁ~なんて期待してたんですけど、さすがにそこまでのドンデン返しはなかったですね。

ただ、武の狂気は「妄想」なのか「憑依」なのか、どちらとも取れるし、どちらの要素もあったのかな、とも思いますが、なんか今ひとつしっくりこないところもあるんです。親指さがしという遊びは、実際に過去に起きたサキという女の子とその父による心中事件が関わっていますよね。心中事件よりも以前から、サキは父親に親指を切られるという虐待をされていたわけです。で、親指を見つけてサキに差し出せば何でも願いを叶えてくれる、というのが都市伝説となった。一方で、武がバイトをしているラジオ局に寄せられた投稿には(実は武の自作自演)「親指さがしで消えた子供は大人になったら帰ってくる。彼女の呪いを解かなければみんな殺される」と書かれていました。では、武は由美子が帰ってくるようにとお願いしようと、親指をサキに差し出す為に仲間を殺して親指を切断したのか、それとも、自作自演の呪いを設定することで、一緒に親指さがしをした仲間たちが心に抱えている由美子への罪の意識を開眼させ由美子に代わって報復しようとしたのか、あるいは今だ廃墟に眠る由美子が武にそう仕向けさせたのか・・・整理ができないんです。その全てが複雑に絡み合っているのかもしれませんが。余談ですが、映画のポスターの半分を占めているおっかない女の子は由美子ではなくサキだったんですね。

武は最後に自らの命を絶ちますが、その際に仲間を殺したのは自分であることを初めて悟ります。・・・こうなると、余計武の心の闇が何で形成されているのかがまた分からなくなるんだよなぁ~。由美子への思慕が募った余りの妄想?憑依?それとも多重人格?健ちゃんがインタビューでこの映画は「純愛」だと言っていたので、私としては憑依とか多重人格ってのは否定したいんですけど。何度でも見て欲しいと言っていたので2度3度と見て理解できるのかもしれませんね。でも、同窓会でみんなが同じテーブルになったり、廃墟で由美子が眠っている部屋に武も知恵も導かれたのは、それはやはり由美子が呼び寄せたんでしょうね。

私なりの解釈としては、彼は他の仲間同様に罪深い自分を抹消することが第一の目的なのでは?とも思えるんですよ。他の仲間たちにも由美子に負い目があったことを察知していて、贖罪の意味でまずは彼らを由美子と同じ状況にして償いをさせ―ある意味での粛清―自分自身を最終的に消し去るというような。武は由美子が死んでいることを無意識の領域では知っているわけですからね。それは由美子と同じ状況になりたいという同一性を求めてのことかもしれないし、単に8年間ずっと好きだったって単純な純愛だけではないと思うんです。彼女を必ず探し出すという約束をしたにも関わらず、今まで探し出せなかった罪悪感と、呪縛から脱したいという願望・・・、長らく無意識の根底に押しやられていた由美子の死を黙認したという自身の闇の部分を意識したことによって自作自演で決着を急いだ武。そして、他の仲間たちにもみんな由美子の死には責任があった。しかも子供では抱えきれないほどの重責。知恵が「由美子はあそこにいなかった」と思い出すシーンがありますが、由美子は親指さがしをする前に、武の気を引く為に隠れようとしていた排気口のシューターに既に落ちてしまっているんですよね。由美子が隠れようとしていた排気口の前にいた知恵は、由美子が落ちた瞬間に記憶が無意識へと押しやられ、シューターを落ちていく叫び声を聞いていた武もまた、その恐怖の記憶が瞬時に消去されてしまい、由美子は親指さがしによって消えたんだと思い込むことで責任を転嫁していた。そして、知恵もまた由美子同様に武が好きだった。積極的な由美子を羨ましいと思いつつも、どこかでいなくなってしまえばいいとも思っていたかもしれません。その願いが図らずも叶ってしまった時、自身の中に棲む小さな悪魔の意外なまでの勢力の大きさに戦慄し抑圧してしまった。だから、再会した武から「親指探しをもう一度やって欲しい」と頼まれた時にためらったのも、一番遠いところに確かに存在する記憶が真実を知ることを遠ざけようとしたのかもしれません。

こうした心理描写は非常に丁寧に描かれていて、(ここまでヘヴィーな体験ではないにしても)誰しもが一度は子供時分に経験したことのある、本当にちょっとした邪気とか逃避が巧く表現されています。でも、そんなちょっとした影がこの映画では破滅へと導かれます。子供の心に棲む小さな邪気も大人になるにつれてだんだん鬼へと成長するのかもしれないと思うと考えさせられますね。また、「親指さがし」という、やはり子供なら誰もが経験する謎めいた遊びをストーリーの主軸に選んでいるところも強いシンパシーとリアル感を出しています。もしかしたら、由美子は、武は、知恵は自分だったかもしれないとさえ思わせますし。

後半は「親指さがし」という遊びが産まれたサキの物語を辿って行くことになって、2つのストーリーが関連づけあいながら進行するので少しだけ難解になり、特に武が夢に見る親指さがしで迷い込んだ部屋に良く似た場所がサキの家にあったりするので、混乱しやすいかもしれませんね。子供の頃の映像と大人になった現代の映像とがシンクロしがら進む場面もあるので、見たままを素直に解釈しようとすると大変かもしれません。

最後、実は最も罪深かった武と知恵が廃墟のホテルで由美子を見つけるシーンで、排気口に残されたままの由美子自身が出てきて、ちょっと引きました(笑)。でも、まぁ8年ぐらいならあのぐらい残っているのかもなーと思い直して見ていましたが、こういう部分って一番描きにくいですよね。ただ、武が「由美ちゃん、由美ちゃん」と叫びながら由美子を抱き上げると、あえなく彼女の体がボロボロに朽ちて崩れ落ちていくところは良かったかな。これは厳しい現実に向かう武の痛みと、その直後に仲間を殺したのは自分であることを悟る武の「全部ボクがやったの?」というセリフが切ない。この部屋に入ってきた時から窓が非常に気になっていたので「ここで飛び降りるかな?私が脚本家ならそうするな」と思っていたのですが、正にその通りの展開になりました。武の後を追おうとする知恵を現実に呼び戻す智彦の叫び声。智彦は既に武に親指を切られていて心にも体にも深い傷を負います。そして、知恵はと言うと、彼女が一番辛いですよね。由美子の死を(結果的に)隠していた自分、そして武さえも失い、こんな辛い現実を目の前にしても、なお生き抜かなければならない。これは彼女に与えられた最も重い懲罰なのかもしれません。

映像
全体的にトーンは暗めなのですが、冒頭シーンで由美子の家に向かう武のパーカーベストの赤や由美子のワンピースの赤が、その後の親指探しの部屋のカーテンの赤と呼応していたり、鮮やかな夏の空とひまわりの花など、ヴィジュアル的にヴィヴィットなさし色が入っているのが印象的でした。ただ、余りにも正面からの寄りが多くて、緊迫感を出すにはもう少しカメラアングルの工夫が欲しかった。特に親指さがしの部屋のシーンではカメラが近すぎて、なんか部屋に漂う不気味な空気が読み取りにくいし、あそこはクレーンで上からなめて迫ってくるような画が欲しかったかも。なんか、由美子の視線かと感じさせるような。言うてもホラー映画ではないので、無駄に恐怖心を煽るような映像はいらないとは思うんですが、これは心理サスペンスですからね、キャストの演技だけではなく、カメラワークでもう少しドキドキさせて欲しかったな。予告を見て良く分かる通り、武には振り返るシーンが多いんですが、いろんな振り向きがあって(笑)、これはこれで一興でしたね。何回振り返ってるだろう?DVDが出たら冷静に数えてみたいな。きっと10回は振り返ってますよ。

音楽や効果音については、決してストーリーの邪魔はせず、でもちゃんと演出の手助けをしていて匙加減が絶妙だったと思います。知恵が由美子の家を訪れた後で橋の上で武に出会う場面、武は河原で遊んでいる子供たちを眺めているのですが、このシーンではバックに不気味なパルス音のような、振動のような音がしてましたよね?!一見安穏としたシーンに秘められている不気味な影が巧く表現されていたと思います。(←後日加筆:橋の上のシーンでなく、その後の廃ホテルのシーンですね。パルス音ではなく、排気口を吹き抜ける風のような音でした。

由美子が持っていた鈴の音は全編を通して重要なキーとして使われています。“親指さがしで消えた子は大人になると戻ってくる”というウェブの書き込みに現実味を持たせるかのように、あたかも由美子の影のように忍び寄ってきます。でも、最後の廃墟のシーンで、武が智彦と車で到着した際に武のスボンの後ろポッケにチリチリ鳴るキーホルダーがクローズアップされるので、ここで最終的に大きなヒントを見ている側に与えます。このシーンでは斧を持って廃墟に入っていくのですが、この斧も武がこれから取る行動を十分に想像させますよね(笑)。あと、インターネットカフェのセキュリティ映像も最初はチラッとひと目だけしか出ませんが、それだけでも明らかに武であることが見て取れるし、映画の冒頭部分もそうですが比較的伏線が明確なので「ここは後で必ず繋がってくるだろうな」と気づきやすいと思いました。

子供時代の映像は展開に応じて本線と同時進行したり、行きつ戻りつしたりして単なる回想だけに終わらない効果がある反面、ストーリーを逆に複雑にしてしまっていたかも。ビジュアルブックで編集を担当された方のインタビューを読むと、これは撮影時には決まっていなかったことで意図的にパズルのようにつなぎ合わせたそうですね。確かにそうすることで奥行きが出て立体的でより謎めいたストーリーにはなったと思いますが、その代償もあったように思います。でも、何回も見たいって気にさせるのなら、それはそれで成功かもしれませんね。
この映画の中で私が好きな手法を挙げるとしたら、武が廃墟のホテルの部屋に入った瞬間に、その部屋があたかもまだそのまま存在しているかのように息づいている場面。実際はボロボロなんですけど、武は自分で築いたバーチャルなその部屋に呑み込まれてジャック・ニクラウスよろしく狂気を呼び覚ます・・・洋画っぽい作りだと思います。ただ、武の肩についた子供の手のひらの痕は少しショボかったかも(親指がないの判りにくかったし)。あの痣も武の思い込みだったのかな。

キャスト
なぜ、信久が一番最初に殺されたんでしょうね?!やはり、同窓会で8年ぶりに再会した際のいざこざが原因なのでしょうか?智彦は他の皆が持っているほどの闇を心には抱えていなかったように思いますが、親指さがしを一緒にやった=由美子がいない原因に気づいていた、という罪があったのかもしれません。松山ケンイチくんの出演作品は何作か偶然にも見ていたのですが、いつも違う顔、違う演技なので彼とは気がつかないことが多かったです。今回の智彦という役どころは、何か恐ろしくニノに似ているように思えたのは私だけでしょうか?ニノをタテ伸ばしにしたみたいな(笑)、そこに立っているだけで繊細で壊れそうな青年を好演していました。最後に武が豹変して智彦も親指を切られてしまいますが、智彦は武の後を追おうとした知恵を助けます。そして、結果的に知恵と智彦だけが残るわけですが、智彦は知恵のことが好きだったのかなあ~。なんとなく、智彦の役どころと言うか立ち位置が分かりにくかったですね。

陰鬱そうな表情を浮かべている登場人物の中で、唯一今どきの女の子が綾。知恵とは明らかに対岸にいる明るさと楽天的な印象を受けますが、彼女もまた由美子に対して本当に些細な罪があります。由美子がクラスメイトに自慢げに見せていた「たまごっち」を校庭の木の下に埋めてしまうんですね。由美子は綾よりもおそらく人気者で魅力的だった。もしかしたらお金持ちだったかもしれない。何でも手に入る彼女への妬み。子供なら本当に誰しも持つほんの小さな嫉妬が、後に親指さがしをしたことで綾の心に影を広げていきます。そして、後ろめたさがある反面「こんなことで殺されたくない」という強い抵抗があって、罪を償おうとするかのように雨の日に校庭を掘り返している時に鈴の音が聞こえて・・・武の手にその命を奪われてしまいます。永井流奈ちゃんは他のキャストにはない現代っ子らしい普通の20歳を表現していたと思います。なかなか不思議で独特なムードを持った方でした。

そして、実は最も重要な役どころなのかもしれないのが、武を秘かに慕い彼を呪縛から解き放ちたいと願っている知恵です。知恵だけが由美子の最期を知っているのですが、その出来事が余りにもショック過ぎたので、ずっと無意識の中に真実を閉じ込めて生きてきたんでしょう。人間には本当にあるんですよ、こういうことが。それが、心の奥底でトラウマとなって夢に見たり、何かの拍子にフラッシュバックしたり(これは武が体現していますね)。だからこそ、よりリアルに感じられます。でも、真実を知った時の知恵の驚愕は計り知れないですよね。大人になったって抱えきれない現実です。そういえば、知恵は右手を左手の肘に当てるクセがありました。これがラヂオで言っていた子役のクセを移した演技だったんですね。伊藤歩ちゃんは芯がありそうで芝居の上手な女優さんですね。なんかね、目を見るだけでオーラがありますもの。


脇役の手塚理美さん、佐野史郎さん、品川徹さんは出番が少ないながらも印象的で熟練した演技でビシッと脇を固めてくれました。佐野さんの疑惑に満ちた眼差し、手塚さんのいまだ娘を失った虚無感から抜け出せないでいる抜け殻のような姿、そして品川徹さんの「自分の中の闇と立ち向かえ」と諭す厳しい口調の中に隠された悔恨の情。彼らがそこに立って何か言うだけで説得力があって、気持ちが動かされるような気がします。この大人たちも、またそれぞれに罪悪感を抱えていて、スクリーンからはそれが一番感じ取りにくい佐野さんですら「離婚したばかり」という裏設定を、よく見ると本当にさりげなく演じています。役者って出番の多い少ないにかかわらず、本当に1本1本真剣に役作りに取り組んでいるんだなーと改めて関心してしまいます。

セット、衣装、ロケーションなど
武が夢に見た親指さがしの部屋と良く似た部屋が、実際に親指さがしの伝説を産んだサキの自宅としてシンボリックに登場します。なので、武はサキの家を見たときに「間違いなくここに手がかりがある」と確信しますが、実際にはここではないことがすぐに判明します。親指さがしの部屋はメタファーで、実際にはサキと父親が心中した部屋に良く似た部屋があるホテルの屋上で武たちは親指さがしをしたわけです。彼が親指さがしをした時に迷い込んだのは、単にこのホテルの部屋だったのかもしれません。想像力が産み出したファンタジーが増幅して親指探しの部屋に行ったように錯覚しただけかも。この部屋は由美子失踪の真実へと導くヒントの役割をしています。武の潜在意識の中でずっと眠っていた部屋。こうした描き方は米ドラマ「ツインピークス」で、主人公のローラがクーパー捜査官に自分を殺した犯人を耳打ちした赤いカーテンの部屋と、彼女が監禁されていた「ブラックロッジ」とがシンクロする場面に良く似ています。クーパーがスピリチュアルな世界と現実世界とをつなぐ媒介となっていて、「親指さがし」では武がこれに値します。セットの雰囲気は似て非なるものですが、この部屋を見た瞬間に何故か「ツイン・ピークス」を想起してしまいました。

ロケが行われたのは関東近県が多かったとのことですが、舞台の設定は中部地方らしきどこかの田舎町。この田舎町っていう環境もどこか閉鎖的で悲劇的なムードを助長してますよね。これは世界で共通してるんじゃないかな。前述した「ツイン・ピークス」もそうだし、「リング」とか「ヴィレッジ」とか、「X-Filesシリーズ」なんかを見ても確実に田舎での都市伝説とか農村意識とか宗教心みたいなものがテーマになることが多かったし。これらの共通点は、スピリチュアルで心霊的だと思わせておいて実は人間の手による犯罪がテーマだったりしますから。

武の服は邪悪な行為とは裏腹に彼の内面の純粋さを強調するような真っ白なシャツ。そして小指には由美子が遺したビーズの指輪をはめています。子供の頃に由美子が作ったものなので、成人男性の武には小指にしかはめられないのですが、廃墟で由美子を見つけた時に彼女は同じ指輪をしている。武が小指にしているせいか、なんか“赤い糸の伝説”みたいでキュンとなります。武の子役もほとんど同じファッションをしているんで、武だけ子供の時のままなのかな~なんて思ったりもしましたが。

そして、三宅健
「ネバーランド」の依田光浩、「私の青空2002」の佐藤武、「第32進海丸」の牧野サトル、そして今回の沢武・・・健ちゃんって不思議と影のある役が多いですよね。それがまた合ってるんですよ。どれも違った意味で「影」を持っているんですが、どのキャラクターにも共通して言えるのは、影を形成しているのは決して単純な要因ではなく複合的であることです。こうした役どころを難なく演じられるということは、彼自身にも役に同調できる何か複雑な経験があるのかもしれません。武を演じる上では、普段彼がバラエティ番組などで見せる底抜けに明るいワンコのような顔は皆無です。常にどこか憂いのある表情、瞳の奥に隠された戸惑い、固い意志と苦悩。何よりも監督がベタボメしていた、武が死に至る直前に振り向くクローズアップは、見ている者でさえ心臓をわしづかみにされるほどの絶望感が滲み出ています。繰り返しになりますが、仲間を殺したのは自分だと気づくシーンは、由美子を見つけて驚愕しながら後ろでへたり込んでいる知恵に振り返りながら「全部ボクがやったの?」と訊くのですが、これが何ともまた切ない顔でして。同じ涙でも「第32進海丸」の牧野サトルの涙とは明らかに違っていて、自分自身に驚愕しつつ繊細で哀しい涙を見せるんですよ~、こんな彼の顔見たことないです。そして、夏の設定なので、肌が小麦色に日焼けしていて白い服とのコントラストが綺麗でして・・・本当にファンにとってはこの上ない貴重な映像が集約していると思います。
映像の項目でも書きましたが、今回振り向く演技が多くて、これは「親指さがしの部屋に入ったら振り向いてはいけない」というタブーに反している行動なのですが、逆にまるでそのタブーを強調するかのように振り向くシーンが多い。彼が振り向いた時に場面が動くって言ってもいいぐらいですね。由美子の鈴の音が聞こえると武は恐怖におののいて振り向くことができません。信久も綾も同様で、彼らにしてみれば鈴の音が聞こえたときに振り向いていれば、そこに居るのは武だと分かったでしょうに。武はこのタブーの心理を巧く突いて犯行に及んだということでしょうか。しかし、この振り向きシーン、いちいち健ちゃんが美しくてですね、予告でもお馴染みのシーンはもちろん、彼が怖がれば怖がるほどいい表情をするわけですよ。それで、ラジオ局で後ろ向きに階段から落ちて壁にもんどりうつところなんぞは美の境地なんです(←ドS発言)。もちろん、肩についた痣を確認しようと鏡に映し出すシーンはもれなくたまりません。とにかくはじめから終わりまで彼のビジュアルは最高峰です。なので、純粋に映画としてストーリーにも入り込めるし、三宅ファンとしての楽しみも満載で2度おいしい映画です。

あと、斧を持った武が智彦を追ってホテルの部屋から出てくるシーン。狂気を漲らせて仁王立ちした武の姿を見て、初めてこれまでの事件が武ひとりの仕業であることに気づく方もいたでしょう。そして、信久と綾の死の回想シーン。背後に立つ武はこれまでの真っ直ぐでひたむきな青年の顔ではなく、恐怖が創造した不気味な存在感を与えています。三宅健、初の汚れ役じゃないですかね(笑)。この何かに取り憑かれたような顔は「ホールド・アップ・ダウン」で(奇しくも同じホテルのシーンで)見せたことがありますが、あちらの方はやはり大袈裟にコミカルで、こちらはただ、ただ不気味というか、あからさまな殺人鬼という表情ではなく、物静かというか無機質で普通・・・これが逆に猟奇的なんです。汚れ役を一度は見てみたいと思っていたので、この映画で見せられるなんて意外な反面すごく新鮮でした。しかも自殺してしまうなんて、ストーリーが進行するうちにある程度「予感」はしていたものの、実際に映像で見せられると衝撃でした。でも、どのチャレンジにも健ちゃんは見事に応えていたと思います。この映画での彼の演技は、きっとジャニーズファン以外の方からも素直に好評価してもらえるのでないでしょうか。

まだ1度しか見ていないので、なんかトンチンカンなこと書いているかもしれませんが、第一印象として私が感じたままを残しておきます。いろいろ後から気づいたことや思い直す箇所があったら、別欄にして書き加えていきたいと思います。解釈が変わっていくのをみるのも楽しいかもしれませんね。

2度目を見て加筆
まず、私が疑問に思っていた信久がなぜ一番最初に殺されたのか?これは、同窓会でもう一度親指探しをやっても何も起こらなかった時に、信久が去り際に「もう、忘れろよ」と 言い放つ言葉が原因なんですね。この言葉を受けた後、武のアップが抜かれます。そして 、綾の時にはみんなで親指探しの呪いを解くカギを探しに石神村に行ったが何も得られず 帰りの車に乗り込む前にくところ。綾は「同窓会なんか行くんじゃなかった、親指さがし のこと(由美子のこと)なんて忘れてたのに」と言います。そして武の複雑な表情のアップ 。そう、信久も綾も「忘れる」という言葉を言ったが為に、武のブラックサイドのスイッ チをオンにしてしまった。ちなみに、このシーンの(サキの話を聞いてこの車に戻ってくるシーン)のファーストカットが意味深にも知恵のアップなんですよね。少し話が横道に逸れてしまいましたが、武は由美子の母親に「忘れるなんてできません」と言いますね 。忘れられないでいる自分、そして忘れちゃいけないんだと言い聞かせている自分に反す る二人の言動は、一途な武には耐えられなかったのかもしれません。ちなみに信久と綾を殺すシーンで武はパーカーのフードを被っていますが、フードを被ることでシルエットが 長い髪の女性のように見せています。武がラジオ局で見たシルエットや信久が見た鏡に映る黒い影とつながります

あと、劇的に驚いたのが武が肩を痛めて病院のベッドでみんなに「由美子の声が聞こえたんだ」と話すシーン。ここでは、子供の由美子が悲鳴を上げて落ちて行く画像まで出てい たんですね。でも、ここまでのストーリー展開では、見てる誰しもがこれは甦った由美子の声だと思い込むところです。でも、武はフラッシュバックしていたんですよね(彼自身もまだハッキリとは思い出しきれていないのですが)。そして、鈴の音。これも最後の廃墟に行くところでクローズ アップされますが、もっと早い段階で伏線が敷かれていました。佐野史郎さん演じる刑事 が武の家を訪ねてくる場面、門を開け、家のドアを開けようと武は鍵を握っています。これを刑事と話ながら軽くいじってチリンチリン鳴らしてるんですよ。いやいや、細かいね ぇ~・・・。

智彦が知恵に思いを寄せていることも明確に分かりました。同窓会で先にテーブルについていた信久と智彦のところに、綾と知恵が現れるシーンで智彦は知恵を見つけるなりガバッと立ち上がり「知恵」と声を掛けます。信久のことはすぐには分からなかったのに・・・。細かいところを挙げるとキリがないのですが、後から気づくとこうした細かい感情表現は本当にリアルだなぁ~と感心してしまいます。伏線の撒き方もそして摘み取り方も非常に緻密で丁寧ですし、脚本が素晴らしいと言うことなんでしょうね。

それから、「母親から、辛いことは忘れなさい、そうすればなかったことになるからと言われたけど、できなかった」という知恵のセリフがありますが、これはこの作品のすべてをズバッと言い放っていると思いました。

舞台挨拶@TOHOシネマズ錦糸町 2006.9.10
2度目の映画を見終えて、本当は目の前にいる健ちゃん本人にいろいろ確認したかったんですけどねぇ~。まぁ、例え質疑応答の時間があったとしても手を挙げるなんてこたぁ、できませんがね。さて、この日のファッションは全会場一緒なのか、着替えているのかは分かりませんが、黒いジャケットにプリントの入ったグレーのカットソー(ルーズネックのTシャツ?)をダメージド・ジーンズにインして太目の黒いベルトといういでたち。いい具合に伸びてきてた髪をまたもや切っておりまして、ええ加減にせーよ!ってのが第一印象。前日に出演していたテレビ番組で既にこのヘアースタイルを見ていたものの、やはりガックリ感は否めない。このところ白い地肌が見えるベリーショートしか見とらんばい。

まずは、健ちゃん、歩ちゃん、流奈ちゃんの順にご挨拶。マイクが1本しかないので、真ん中に立った健ちゃんが両脇のお二人にマイクを渡す役割をしていて、異常に長いマイクコードをケーブルさばきのように何度もいじっては会場の笑いを誘っておりました。たぶん、彼としては何か印象に残ることをして帰ろうと思って・・・いやいやそんなこたぁ微塵も考えちゃあいないとは思いますがね(笑)。しかし、相変わらずうちわとか持って来てるお客さんがおりましてですね(舞台挨拶って誰でもいつでもこうなの?) それを歩ちゃんとかが拾ってくれるもんだから(もちろん三宅さんはできる限り反応してませんでした)なんだかなーって感じもありましたね。余談ですが、映画を見てるお客さんが2/3ぐらいしかいなくて、映画が終わってからワラワラと舞台挨拶だけ見に来た人(一緒に前の会場から移動して来てるんでしょうね)が入ってくるの。まぁ、お金払って頂いているので否定はしませんが、つくづくジャニーズだなぁ~と思わされた瞬間でしたね。

朝から舞台挨拶リレーをしていて、ここが3件目とのこと。まだまだ表情には余裕がありそうでしたが、登壇者用のライトがないので顔が浅黒くて(しかもあの髪型だし)今でっかいスクリーンに映っていた麗しい青年と同一人物とは思えん・・・、まぁ、それはそれでええけど。

この舞台挨拶でされた質問も回答も、既に雑誌やテレビでさんざん聞かされていた内容ばかりなので、この現場だけで起きただろうことだけをレポしますが、段取りとしてはまず一人づつ挨拶して、初めて映画を見た時の感想を述べて、また挨拶して終わりって感じでしたかね。

MCの女性に「ラストシーンの表情が良かった」とホメられ、当然この人が示唆しているのは武が飛び降りる前の振り向き顔のことなのですが、健ちゃんは分かってんだろうに・・・、

健ちゃん「えっ?ラストってどこですか?」
MC「あの、廃ホテルでの知恵と武のシーン」、
健ちゃん「それは分かりますけど」
MC「あのアップの・・・」
健ちゃん「アップなんていっぱいありますけど、皆さんもう見てるんなら言っちゃっていいんじゃないですか?」
MC「えー、でもねぇ」
健ちゃん「あの飛び降りるとこでしょ?!」(あっさり明言)
MC「そうです、死んだのかなーってところ」
健ちゃん「はい、死にました」(笑)。

結局、この方はこのシーンを撮った時の話を聞きたかったようでして、健ちゃんは「あのシーンを撮る頃には、監督とはもう以心伝心だったので「今のどうかな」って思うとダメ出しされるって感じで、そのシーンも最初に撮ったあと「(もう一回)わかるよね?」と言われて2度目に撮ったのがあの顔です」と答えていました。

永井流奈ちゃんのトークがなんか独特の不思議なテンションで、彼女の話がとっ散らかりそうになると健ちゃんと歩ちゃんは顔をあわせてクスクス笑っていました。特に自分が出演していないシーンを見た時に驚きがあったそうで「あの由美子が出てきた時、武に抱かれて崩れてしまう、腐ってる?ミイラ化した体が崩れていくところはすごいなー、どうやって撮ったのかなーって思いました」とのこと。そりゃ、さぞかし不思議だろうねぇ(笑)。

わずか5~10分ぐらいの舞台挨拶でしたけど、この映画館では実にこの1回で2日分満員にしたのと同じ動員を稼いでいたということになります。おかげ様で図らずも一番大きなスクリーンで見ることができたし、キャッツの予告までこんなに大きなスクリーンで見れてしまって(キャッツもこのクラスのスクリーンではおそらく上映されないでしょうな)しかも近所でだったし、お得感たっぷりで良い日曜の午後を過ごすことができました




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