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ENDLICHERIちゃんに捧げているだけあって、かなり構成的に遊びまくっていますね。ENDLICHERIの生態はこのトラックの様にイレギュラーなのでしょうか?剛さんもイレギュラーと言ったら、良い意味でイレギュラーな方なので、ENDLIの生態にに相通じるものを感じているのかもしれませんが。
オープニングのリフとリズムが牽引するモメンタムが、90年中期にヨーロッパのクラブで台頭したIBIZAトランスを髣髴とさせるクラブミックスがカッコイイのですが、リフにもっと長く浸からせてくれるのかと思いきや、一つのパターンに決して長居してくれないんですね。30秒も過ぎると全く違う域へ導かれる。0:55〜からはギターを伴いオープニングのリフに戻り、なんやかや入ってきて大騒ぎのパーティーミックスへ。
1:45を過ぎると海の音をバックに更に実験的な展開へと向かい、海中のエンドリが巧みにサウンドで表現されています。その内にストリングスまで加わりだし、3:04〜リフへ戻り、更にトランスっぽいリズムの前で、様々な打楽器が競演する中、得体の知れないサンプルサウンドが暴れだし、ギターが金切り声を上げる。剛さんがこんなにもエレクトロなクラブミックス系のアレンジを今頃試みるなんて意外でした。
このトラックはリスナー万人からの理解を求めない存在感を放ち、アルバム「Coward」への剛さん流の勇気が漲った挑発的なイントロダクションとも取れます。 |
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reviewed by キリエ |
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トラック1「ENDLICHERI☆ENDLICHERI」に続く、またもやのエレクトロなアレンジで、[si:]の流れを汲んだ剛さんの本領発揮のポップナンバー。ハーレムの投票でこのトラックが一番人気があるというのもすんなり納得できます。KinKi
Kidsの楽曲だとしても不思議はないと思いますし。
イントロのディレイの効いたキーボードとスラップベースとドラムスの競演はシンプルでカッコイイ。ヴォーカルが入ってから1:26のドラムロールまでは、ハイヤットとスネアヒットがリズムを取り、マリンバ(?)やその他色んなサウンドがトライされています。ドラムロール後は、剛くんの大好きなドライで軽めの響きを持つ裏を叩くドラムがリズムを司り、バウンシーなベースが時々タイムリーにスラップ、タンバリンのカチカチ、鳥のさえずりのようなサンプル音、ストリングス、などなど盛りだくさん。インスト、ブリッジ、そして色々な節目で音遊びが沢山あっても、「後ろを歩く・・・」や「何気なく出かけたのにな・・・」の歌いだしの前に、何もなかったかの様にすっと入ってくるドラムやベースのあり方とかすごい好きです。ただちょっとギャップのあるサウンドを多く詰め込みすぎてる感じはしますが、それはまぁジャパニーズスタイルって事で。とにかくこのトラックの主人公は、剛さんのヴォーカルとヴォーカルメロディーだと思うので、それらを効果的に盛り上げる緻密な盛り上げ方にこだわったのかもしれません。
このトラックを歌う剛くんのヴォーカルはなんとなく吉田美和さんっぽい感じがします。歌いだしからすごく音程が跳んで難しそうだし。また楽器云々よりもこのトラックの素晴らしさは、剛くんの歌詞とその歌い方だと思います。角々しい日本語で書かれる歌詞をこれだけ滑らかに滑りよく振り分けて、なおかつ(第三者にに伝わるかどうかは別にして)言いたい事は言えてる歌詞を産むってそう簡単な業ではないと思います。彼はどんな歌詞でも円やかに英語の様に滑りよく歌えてしまう天才だと思いますから。
歌詞の理解は、剛さんのライナーノートで解決。こちらとしては、剛さんが生まれた日にタイムトリップして訪ねてみたいですけど・・・。
「どうでもいいことなんてひとつもない」そんな歌詞を自らにも言い聞かせたりして。 |
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reviewed by キリエ |
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このトラックも[si:]の流れをイイ感じに発展させた感じ。剛くんが音を楽しんでいるのが、よく表れているトラックだと思いました。それにしても3トラック続けてエレクトロですね。しかも彼が雑誌とかで熱く語っているブルースやファンク、ジミ・ヘンの波を一切汲んでいないトラックが続いていたので、そういう世界が来ると構えていた私としてはやや拍子抜けした感じでした。(ほっとしたりして!)
アレンジは斬新ですが、やりっぱなしじゃないのが伝わります。ただこういったアレンジは、日本のミュージックシーンからすると新しい響きがあると思いますが、世界標準で判断するとちょっとオールドファッションかな?とは思いますが。インダストリアルなアレンジやヴォーカルエフェクトは、80年代〜90年代初期を感じさせます。私はその当時の音楽が基本的にバックグラウンドなので、懐かしい感覚が甦りますが。何故か全然似てないのに、Visageの「Fade to to Grey」やThe Velvet Undergroundの「Venus In Furs」とかを思い起こさせたり・・・。曲調がすごくアヴァンギャルドでいたずらっぽいのに、歌われている歌詞は淡々と剛さんの独自の世界観を保っている、不思議なバランスです。
相変わらず歌詞カードが無いと何と歌われているのか聞き取るのが困難ですね。まるで歌詞が聞き取られるのを拒むかの様で。それでも剛さんのヴォーカルの滑らかさと歌詞の一語一句の歌い分けが絶品です。いつも同じ褒め方で芸がないのですが、このテクニックにはいつもうなってしまうのです。もちろん計算して生まれる結果なのでしょうけど、例えばどんなにぎすぎすした単語で埋め尽くされていても、彼なら「サ行」や「ラ行」の様に、角を削って滑らかに歌えてしまうのでしょうね。歌詞カードにプリントされている「…」部分はきっと無音で、何か入るべき単語があるのか?意味深です。
マクロコスモスって言葉を彼の歌詞に発見するのも驚きですね。ミクロコスモス(小宇宙=宇宙を総体とした時の、人間界)とマクロコスモス(大宇宙=総体)。この歌詞もライナーノーツを読むとしっくり理解できますね。でも恋愛とお母さんとの思い出を重ねたのはすごい!でもね、彼は自分の内面を吐き出すかの様に歌詞を産んでも、ライヴでオーディエンスと一緒に共有する事を意識したりしないのですね。全てがすごくパーソナルなので、「立ち入り禁止」のサインを貼られている感じがする時があります。音楽的にも万人にとって明確なコーラスやリフが立っていないので、人を寄せ付けない空気が立ち込めている。誘ってはいても中には入れないよ・・・みたいな。そう感じるのは、私だけかもしれませんが。 |
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reviewed by キリエ |
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とても不思議な曲ですね。サウンドはとことんクリアーでリズムは揺るぎなく正確で逆に気持ち悪いくらい。この曲は明らかに先人が残した偉大な旋律のオマージュであるような気がするのに、どうしても検索するカタログが見つからない。要するに古くさいようでいて徹底的に新しいし、テンポも良さそうでいて実は速すぎるしスカビートのように裏打ちだからノリが掴みにくい。リズムそのものは時計のように安定しているのに上手くノリきれないというちょっとした居心地悪さがあって・・・おまけにリリックの意味も簡単そうでいて難解(これは彼の曲に一貫している魅力(?)のひとつでもありますが)。総体的に剛くんらしそうで、そうでもない(笑)。
まず、サビがないんです、この曲。よって曲の構成自体が普通じゃないというか「斬新」な感じがするんですね。でも、刻んでるリズムとかリフレインの多様なんかはそんなに新しい技術ではないので、古臭いような感じも残ってる。永遠に繰り返されるかのようなスパイラルなAメロが曲の骨組みになっていて、単調に聴こえがちなんですけど非常に技巧的でもあります。それは、AメロよりBの方が圧倒的に軽いことにも象徴されています。Bメロはそれまでに耳にこってりとこびりついたヘヴィーなベースとバスドラから突然解き放たれた開放感を表現するかのようにメロディがふわりふわりと漂い、そしてその空間的なメロディはまた同じリズムへと戻っていきます。一般的な作曲ってAは「起」でBは「承」、サビが「転」と「結」の役割をしますよね?!。となれば、Bメロはできるだけサビのメロディに自然に繋がるようにブリッジしなければならない(大抵のソングライターはサビから書き始めることが多いので、その前後はどうしてもつなぎ目として曲を構成しようとする)、そして、「転」をドラマチックにする為のお膳立てもしなきゃならないんです。なのに、Bメロの方が圧倒的にサウンドは軽々しく、しかも凝っていてサビをケアしていない。と言うのも、実はBメロがバトンを渡すのは結局Aメロだからなんですね。スパイラルなサブリミナル感を出す為には、これだけBメロが妙ちきりんな方がかえってイイわけです。素晴しい完成度ですね。
なんとなくノリきれない感じがするのは長めのブレイクが多いからでしょうか。しかも、ブレイクした後で全パーツが静寂を打ち破って一斉に迫ってくるので、瞬間騒音に感じるほどやかましい。暗闇から白昼に飛び出したかのような眩暈を感じるんだけど、それから何ごともなかったかのように一定のリズムをまた刻み始める。Bメロでもウェットタッチのドラムスがトントンとリズムをブレイクするので、これが小気味良さを演出しています。ドラムスはフィルの多様で滞りそうな空気を動かして行く役目もしていますが、これはちょっと安っぽいかも。そして、特徴的な長めのブレイクから突出してくる間奏はデジタルギターのディストーションというモダンなアプローチ。2コーラス目のAメロにはクラッピングが加わり、ギターもそれに合わせた奏法で曲にポトリとラテンのエッセンスを落としますが、でも、またすぐにそれも強烈な元の規則的なリズムに吸収されてしまいます。
剛くんのヴォーカルは抑え気味で曲にマッチした単調さで淡々と歌いつないでいます。派手なコーラスもないし、彼の力量ひとつで歌いこなしているところなんぞは全くもって曲に合っていますね。つい深読みしたくなる意味ありげな剛くんのリリックは1節で意味を成し得ているかのようで、曲全体を通して何か意味を見出そうとするよりも、短い節に意味が充分に込められていて、その集合体が曲を構成しているという感じ。そういう意味では俳句的と言うかとても日本人的だと思います。 |
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reviewed by うらら |
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どうしてこんな玄人好みな曲が書けちゃうんだろうね(笑)。前の曲と較べると実にアナログ。コテコテのファンクミュージックですが「魂の叫び」と呼びたくなるほどにソウルフルですね。かなりひずんでドラッギーなベースが耳を奪いますが、このベース音こそが曲のバックボーンになっています。それとは裏腹にライトタッチのドラムス。そして、高音のギターは軽いピッキングとワウを多様しています。真っ直ぐにファンクにチャレンジしていると言うよりは、むしろファンクとギターロックをクロスオーバーさせたジミヘンあたりの影響を色濃く感じます。それは、激しくダブされた様々な音色のギターの主張を聴けば明らかです。間奏前半のギターソロはかなり古ぼけたギターの音色で、よりアナログな世界を強調しています。
昔、ポール・ウエラーがザ・スタイルカウンシルで「ホワイト・ファンク」と揶揄されながらも、自身のルーツミュージックのひとつであるブルースやファンクに果敢にチャレンジした時代がありました。時は実験的なデジタルサウンドとクラブミュージックで溢れかえっていた古き良き80年代。ウエラーはこの時代に敢て時代を遡ったことでプレスからも随分と叩かれました。でも、不思議なことにそれをすんなり受け入れたのは日本のマーケットだったんですね。ウエラーがクリエイトする音楽には、ブラックミュージックだけでなく彼が子供の頃に影響を受けたビートルズやスモールフェイセズ、キンクス、ザ・フー、そして青春時代を捧げたザ・クラッシュなどのUKロックの片鱗が顔を覗かせています。このブレンドがあったからこそ、いろんな物をちょこっとずつ張り合わせて新しい独自のカルチャーを生み出す才能に長けた日本人に受け入れられたのかもしれないと私なりに分析しています。人間誰しも自分が影響を受けてきた音楽は否定することはできないし、それらの音楽すべてがポール・ウエラーという人間を介してまた新しいサウンドとして抽出されるわけです。同じことは石井竜也、そして綾小路翔と言った日本を代表する有能なソングライターが具現化しています。彼らは幼い頃から歌謡曲に慣れ親しみ、夏祭りでは盆踊りを踊って民謡や伝統音楽に触れ、楽器を持つ年頃になってロックに親しむようになった、日本人として「普通の」背景を持ち合わせています。そのどのジャンルも彼らにとってはサウンドメイキングの重要なピースであり、ミュージシャンとしての血となり肉となっているエレメントなんですね。そして、彼らは歌謡曲や演歌を決して否定しません。むしろ、ピクシーダストのようにふんだんに自分のサウンドに振りかけることによってオーディエンスから共感を得ています。彼らの音楽に普遍的な情熱を感じるのは、やはり「日本」というキーワードがしっかり見えているからなんだと思います。ウエラーの「UK」同様に。
さしずめエンドリさんなら「イエロー・ファンク」なのかな。ブラスに下ちゃんを使ってるぐらいだから、彼のサウンドに対する姿勢は自ずと理解できます。今はまだ実験的な段階だと思うので色んなことに挑戦して欲しいと思うし、まだ若いので興味もいろんな方向を向くと思います。ましてやソロとして表現の場を得た今後は更に加速がかかることでしょう。でも、反面キンキキッズというアイドル性は決して捨てきれないわけで・・・。それをどこまで彼なりに咀嚼してサウンド面に活かしてくれるのか期待したいところです。アルバム3枚目にしてここまでに完成度の高い楽曲を紡ぎ出し、こんなにも聴いている者たちをオロオロさせるリリックを書き上げ、全く危なげのない情感溢れるヴォーカルを駆使するその才能は、きっと幾重にも折り重なった分厚いフィルターから濾過されて出てきたものだと思うし、是非ともそのフィルターの一枚一枚をエンドリケリーのサウンドとして我々に少しづつ剥がして見せてもらいたいですね。 |
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reviewed by うらら |
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このトラックを聞くと不思議とSheryl Crowの「Tomorrow Never Dies」思い出しちゃうんですよ。剛さんのヴォーカルがメイシー・グレイとまではいかなくても結構ハスキーなんですが、すごく線が細くて女性っぽい。そう、剛さんのヴォーカルって中性的というか、女性っぽいんですよ!(反論は受け付けません!←強気)歌詞の影響を度外視してもです。
このトラックに関しては、とにかく剛さんのヴォーカルの素晴らしさに尽きると思うのです。彼の書く曲って、彼のヴォーカルに随分と助けられている部分って絶対にあると思うんですね。言い方が悪いかもしれませんが、彼が歌うと何でも名曲に聞こえてしまうんです。このトラックだって決してコマーシャルなトラックではないし、音楽的に何も新しい側面なんて聞こえてきません。むしろ古くさい。でも一旦彼のヴォーカルが摩訶不思議な歌詞を歌いだすと、どろどろに深みへと引きずり込まれるのです。これだけ素晴らしいヴォーカルにこれ以上の装飾は要らないとすら思います。ドラムス、タンバリン、ギター2本(多分)、ベース、キーボード。十分です。ストリングスもSEもホーンセクションも要らない。たまには全てそぎ落としてむき出しのヴォーカルを愉しみたいと思うのですよ。
ちなみに特に正直女性ヴォーカルは要らなかったかと・・・。インストのギターもすごく冴えないとは思うのですが・・・それは狙っているのでしょうね。 |
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reviewed by キリエ |
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これまたファンキーミュージックですね。ギターのリフからサイトギターが重なり、ドラムス、ベース、ホーンとパーツがリレーしながら繋がっていくイントロは正統派の進行ですね。そして、波が寄せるように刻む低いベースと、それに反して軽めで裏打ちのドラムスが時折ブラスのデコレーションを伴って小気味良いプロローグを構成しています。この曲のドラムスは個人的に非常に好きな音ですね。どちらかと言うとドラムもギターも年季の入った音なんですが、それが私ぐらいの年齢にはかなり安心できると言うか落ち着く音なんですよね。各パーツのアレンジャーさんの力量が推し量れるシブい曲だと思います。
大きくまとめるとこの楽曲は3つの特徴的なフレーズの組み合わせによって構成されています。まずはAメロとなる♪Chance comes knocking〜のフェイクが入った部分。その後、リズム感があってキレのいいブリッジが続きますが、これは最後のコーラスが終わってからエンディングまでループされるメロディーと同じで、この楽曲を司るバックボーンとも言えるでしょうね。もう一つはゴスペル調の女性コーラスと剛くんの♪higher(って聴こえるんですけど・・・)が段階的に盛り上がっていく部分。で、またBメロのブリッジへと戻るのですが、途中に挟みこまれたハモンドオルガンやバックで絶え間なくストロークを刻み続けるパーカッションがソウルフルな印象を高めてくれます。この3種のループは先にも書いた通り、ややオールドファッションではあるものの、それが故に聴く人を選ばない仕上がりになっていると思います。ヨコのり系でグルーヴ感の強いダンサブルなナンバーは文句なく体が動いてしまいますからね。
しかし、こういう楽曲を聴いていると剛くんはどういう風にサウンドメイキングの指示を出しているのかを知りたくなりますね。おそらく「○○(アーチスト名)の××(曲名)のドラムみたいな感じで」って例えを使ってアレンジャーとか各楽器のプレイヤーに伝えると思うんですよね。ここがね、重要だよね。彼の理想というか、どんなサウンドを求めているのかは、彼が過去のカタログのどれを引用してくるのかで自ずと露見しますから。このアルバムを聴いているとハッキリ言って彼の方向性は一見分かり易そうでいて、実は伺い知ることはとても難しい。特に同じインストナンバーでもM1の「ENDLICHERI☆ENDLICHERI」とこの曲を比較すると、とても同じアーチストが書いた曲とは思えない。コンピューターをいじくってるとM1みたいな曲ができてしまうし、ギターやピアノで作るとM5のようなアナログタイプができしまうのかなって。ただ、この「Chance
comes knocking」って楽曲はギター1本抱えて作れる曲じゃないとは思いますけどね。どちらの作曲法であっても、それは彼の「こだわり」とか「センス」であることには変わりはないと思うのですが、なんとなく今はまだ「音」を試しているというか、いじくり倒しているだけのような気もするんです。だからこそ、今後どの方向に行くのかが楽しみでもあり、どんなバンドやアーチストでも経験するであろう発展途上な空気感が漂ってるんですよね。 |
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reviewed by うらら |
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